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2009.04.13

サクラ

デジカメ一眼レフの性能があがって、値段も安くなってきたからなのか、桜の名所にでかけると、お約束のようにみんなカメラを持っている。あちこちのブログでもこの季節、桜の花が踊って、桜前線の北上を伝えてくる。桜の花には日本人の心を動かすなにかがあるようだ。

管理人も夏のような陽気に誘われて、デジイチを首からぶらさげてぶらぶら散歩。

Dsc_0038

「願わくば 花の下にて 春死なぬ
  その如月の 望月の頃」
 西行

Dsc_0100

「常よりも 春辺になれば 櫻川
  波の花こそ 間なく寄すらめ」
 紀貫之

桜の花を武士道と結びつける人もいるけれど、個人的にはやっぱり平安時代の桜とのつきあい方がしっくりくる気がする。

つくば市から土浦市を抜けて霞ヶ浦に流れ込む桜川は、あまり大きな川ではないけれど、「西の吉野 東の桜川」と並び称せられて、平安時代の昔から有名だったらしい。

櫻川磯部稲村神社の桜(天然記念物)

そういえば筑波宇宙センターにも見事な桜並木がたくさんありますね。

若田さん、日本は春です。シャトルとソユーズが帰った後の宇宙ステーションでの週末はいかがですか。

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Comments

こんにちは。
ほっとする内容につられてコメントしてしまいました。

今年も桜も職場の窓からの景色を見るに終わってしまいました…

平安時代の東国にそのような粋なスポットがあったのは知りませんでした。
流行の中心地の都から離れた人にも、同じような感性があったんですね。

平安時代の野桜の文献から、少なくとも京都の春と今では2~3度の違いがあったと推論された方がいらっしゃるそうです。

宇宙への人類の挑戦が、地球からの脱出に目的が変わらないよう祈っています。

shimizusavaさん、こんにちは。

高度成長期以降の日本は、人口の東京一極集中が極度に進んだので、逆の想像をすると平安時代の関東はあたかも誰も住まない田舎であったかのように考えていました。実際には当時から多くの人が住んでいて、かつ都との人や文化の交流がかなりあったようですね。

このページによると、

http://tamagaki.hp.infoseek.co.jp/kume1.htm

「筑波山は、その歌垣の場の最も古く,最も著名な場のひとつであった」とあります。古代から男女が歌を詠みあい恋を語る舞台として有名だったようですね。

地球上の生命はこれまでもいろいろな氷河期や間氷期をくぐりぬけてきていますが、人類が生存している限り、いつまでも桜を楽しむことができる地球でありたいものです。

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