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2008.10.05

宇宙飛行士になるには(10)

前回からの続き

過去4回の宇宙飛行士選抜のうちの3回目と4回目を受験した経験をもとに、今回の選抜がどのような経緯を辿るか、宇宙飛行士を目指すとはどういうことか、について解説してみます。もちろん、選抜に落ちた人間の予想ですから、内容が正確であるという保証はどこにもありません。(^-^;)

忠誠心と職業的孤独

宇宙飛行士選抜も二次選抜から三次選抜へと進むにつれて、「試験の成績がよいこと」よりも、その人間性や、上司や仲間のクルー達との協調性、コミュニケーション能力、忍耐力、社交性、ユーモアなどが求められます。

宇宙飛行士はアメリカやロシア、ヨーロッパなど、各国の宇宙飛行士と仲良く協調性を保って任務を遂行する「国際チームのメンバー」であると共に、場合によっては各国の政府要人と面会したりする「日本の外交官」としての顔を持っていたり、ワールドカップやスーパーボールで試合の開始時や合間に挨拶をしたりする、子供達にとってのスーパーヒーローを演じる役割も回ってきたりします。

その一方で、どんなに海外の要人や国内のマスメディア関係者や子供達からチヤホヤされる立場になったとしても、今回募集される宇宙飛行士は、あくまで「JAXAという半官半民の組織のヒラ職員」であるということを忘れてはなりません。

日本国内の他の多くの大手企業のサラリーマンと同じく、命をかけて厳しい訓練に挑む職務の内容とはウラハラに、ヒラの宇宙飛行士に許されている裁量はあまり多くはありません。「宇宙飛行士」の肩書きで全国各地の講演会に呼ばれてヒーロー・ヒロインとして振る舞う機会は多いですが、その一挙一投足や発言内容は、JAXAの上司によってしっかりとチェックされています。

外部に対してはかっこいいヒーロー・ヒロインのイメージを保ちつつ、組織の内部では「巨大なシステムの歯車の一つ」となりきって、黙々と上司の意向にしたがうことができることを、二次試験、三次試験で行われる面接では、うまくアピールする必要があります。

合格した後も、「そんなことを言っていたら宇宙へ行かせないぞ!」という、宇宙飛行士にとっては一番聞きたくないパワハラもどきの理不尽な言動を上司から浴びせられる場面もあるかもしれません。

毛利さん向井さん土井さんら、第一期の日本人宇宙飛行士選抜は、当時のNASDAにとっても初めての経験でした。そこで、NASAの規定を横目でにらみつつ、当時の担当者がいろいろな試行錯誤を繰り返しつつ、選抜が行われました。この様子が本などで出版された結果、日本の初期の宇宙飛行士は「自然科学系の研究者」で、博士号を持ち、海外の人間とも堂々とわたりあえるような人物が有利であるというイメージが定着しました。

一方、日本独自のロケット開発などでNASDAの理事が国内技術の自信を身につけるにつれて、宇宙飛行士選抜の現場にもいろいろな注文をつけるようになってきます。NASDAは極めてトップダウンの文化を持っているので、上司のなにげない言葉が現場の選抜方針に大きな影響を与えたりします。

例えば「なんで二次選抜に残るNASDA職員の数がこんなに少ないんだ?」とか「なんで女性が残ってないんだ?」とか。今回JAXAが発表した一次選抜合格者の内訳などから、10年前までとは異なる傾向を読み取ることができます。

また、10年前までの選抜を担当していたJAXA側の職員が人事異動ですっかり担当を外れてしまっていることも、今回の選抜の大きな特徴です。未確認情報ですが、前回の選抜を担当した経験がある職員で今回も残っているのは一人だけだとか。

今回募集される宇宙飛行士候補生は、選ばれたらすぐにヒューストンのNASAジョンソン宇宙センターへ飛んで、アメリカや他の国の候補生とともに2年間の特別な訓練を受けることになります。このため、海外に長期滞在した経験のある日本人が一見有利なように見えますが、JAXA側はもう少し違う選抜基準を持っているようにも思えます。

NASAには50年にわたって宇宙飛行士を訓練してきた長い歴史があるので、訓練生の心理状態を誰よりもよくわかってくれます。また、かつてスペースシャトルで前人未到の記録を達成した宇宙飛行士とか、「宇宙を飛んだ経験を持つ」憧れの人物が上司だったりします。NASAのミッションのメンバーとして選抜されるためには、NASA側の経験豊富な上司からその実力を認められ、信頼される人間関係を構築することが必須です。

また、今回選ばれる候補生は当面、ロシアのソユーズで宇宙を目指すことになるので、ロシア側の上司にも信頼され、実力を認めてもらう必要があります。

アメリカもロシアもそれぞれ文化は大きく異なりますが、いずれも有人宇宙飛行の経験は豊富で、実際に宇宙を飛んだ人間がそれぞれの組織で要職に就いていたりします。宇宙飛行士になることを目指して訓練する候補生にとっては、安心できる環境です。

一方、日本人宇宙飛行士の第一期生である毛利さんや向井さんはすでに現役を退いていて、JAXA人事部は彼らの経験を将来に活かそうとはしていません。JAXA側の理事はロケット開発の現場責任者であったり、官公庁関係者だったりと、「宇宙へ(行きたくても)行かない上司」となります。

JAXAの宇宙飛行士として選ばれること、それは「飛ばない上司」とも円滑なコミュニケーションを欠かすことなく、上司の機嫌を見ながら日本側の意向を世界へ伝える、という、JAXAへの忠誠心をいかにアピールできるか、さらにはアメリカやロシアで行われる宇宙飛行士としての訓練をいかにそつなくこなし、それぞれの国の上司にも実力を認めてもらうか。そのための協調性や自己管理能力が求められます。

盟友、白崎修一ドクターの名著「中年ドクター宇宙飛行士受験奮戦記」には、こんな一節があります。

この試験は、言ってみればわれわれ応募者と宇宙開発事業団とのお見合いのようなものだ。試験の成績が一番良いものが選ばれるというわけではない。考えてもみれば、それは容易に想像できる。キャリアとやる気、健康状態、適応能力が十分であれば、あとは使いやすい、宇宙開発事業団によって都合のよい人間を選抜するのが理に適っているからだ。
 結婚のための見合いでも同じことが言えよう。完ぺきな人間と結婚しようと思って見合いをする人はまずいない。自分に合った、自分が満足できる、その上で少しでも条件が良い人、そのように考えて見合いするものだと思う。お見合いで振られたと考えれば、落ちても悔いはない。

個人差はありますが、NASAで宇宙飛行士になるための最初の2年間の訓練の間は宇宙飛行士の人生の中でも最も楽しく、かつ最も幸福な期間です。T-38という超音速ジェット練習機を操縦することもできますし、ヘリコプターの墜落想定脱出訓練や、貨物機の放物線飛行による無重力体験など、いかにも宇宙飛行士らしい、ありとあらゆる訓練を体験して、自分自身の能力を高めて行くことができます。

この訓練期間が終わると、今度は「同期生の間で誰が最初に宇宙へ飛ぶか」という暗黙の競争が始まります。宇宙への切符は限られているので、仲良くなった同期生であっても基本的にはライバル。上司やフライトサージャンや心理学のカウンセラーに弱音を吐いたりすれば、ミッションを割り当ててもらえなくなってしまうのではないか。「自分は本当に宇宙へ行けるのだろうか」という猜疑心に満ちた長く苦しい年月が待ち受けています。いつ何時、ミッションに割り当てられても対応できるように、展望はなくとも心身ともに鍛え続けていかねばなりません。「宇宙飛行士」という華やかな肩書きとはウラハラに、誰もその心情をほんとうのところで理解してくれる人はいない。家族の応援だけが、長くてつらい待機期間中の心理的な支えとなります。

宇宙飛行士になるには。それは「どんな困難があっても宇宙へ行く」という、くじけない信念。その信念を精神的に支えてくれる家族の存在。運命を共に、命を預ける各国の宇宙飛行士達との強い絆を築くための社交性や協調性。逆境を乗り越えてチームの士気を高めるためのユーモア精神。ミッションやフライトを支えてくれる無数の宇宙開発関係者のサポート。立場を異にする各国の宇宙開発の上司との円滑な意思疎通と忠誠心。そしてなによりも、職業的な立場上の孤独に打ち克つ強い意志が求められます。

聞いたところでは、若田宇宙飛行士はつらいことがあった時、車の中で独り「はとぽっぽ」を歌うのだそうです。

人類の活動の可能性を自らの行動でもって示してくれる宇宙飛行士を、私は応援しています。

(宇宙飛行士になるには:完)

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