3月31日にJAXAが宇宙飛行士候補者の募集要領を発表しました。
読んでみてまず感じたことは、「いろいろと細かい説明がずいぶんと増えたなぁ」というもの。若田さんの時、野口さんの時、古川さん星出さん角野(山崎)さんの時、と、時代とともに細かい規定が増えてくる気がする。まぁそれはさておき。
今回、一番驚いたのは、身長の規定がずいぶん厳しくなったこと。
昔、本家サイトのゲストブックに「身長が145しかありません。宇宙飛行士にはなれないでしょうか・・・」という質問が寄せられたので、こんな記事を書いたことがあります。当時は宇宙飛行士訓練についてもまだあまり突き詰めて考えてみたことがなかったので、あれから5年経って振り返れば、我ながらずいぶんと無責任なことを書いたものだと反省。
で、改めて平成10年度の「国際宇宙ステーション搭乗宇宙飛行士候補者募集要項」を取り出して比較してみました。
平成10年度版では、
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4.応募条件
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(6) 宇宙飛行士としての訓練活動、長期宇宙滞在等に適応することのできる医学的、心理学的特性を有すること。
1) 医学的特性
身長:149cm以上193cm以下
血圧:最高血圧140mmHg以下かつ最低血圧90mmHg以下
視力:両眼とも裸眼視力0.1以上かつ矯正視力1.0以上
色神:正常
聴力:正常
その他心身ともに健康であり、宇宙飛行士としての業務に支障のないこと。
2) 心理学的特性
協調性、適応性、情緒安定性、意思力等国際的なチームの一員として長期間宇宙飛行士業務に従事できる心理学的特性を有すること。
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それが今回の募集ではこうなりました。
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4.応募条件
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(7) 宇宙飛行士としての訓練活動、長期宇宙滞在等に適応することのできる以下の項目を含む医学的、心理学的特性を有すること。
1) 医学的特性
身長:158cm以上190cm以下
(注:宇宙服を着用して船外活動を行うには、約165cm以上が必要です。)
体重:50kg~95kg
血圧:最高血圧140mmHg以下かつ最低血圧90mmHg以下
視力:両眼とも矯正視力1.0以上
(注:裸眼視力の条件はありませんが屈折度等の基準があります。屈折度:+5.50~-5.50ジオプトリ以内、乱視度数:3.00ジオプトリまで、左右の屈折度の差:2.50ジオプトリまで。また、平成20年6月20日時点で、PRK手術・LASIK手術の後、1年間以上を経過して恒久的な副作用がない場合には医学基準を満足します。それぞれ医学検査時に評価します。)
色覚:正常
聴力:正常
2) 心理学的特性
協調性、適応性、情緒安定性、意志力等国際的なチームの一員として長期間の宇宙飛行士業務に従事できる心理学的特性を有すること。
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裸眼視力の条件が緩和されたのは多くの人にとって朗報だけれど、やはりPRKやLASIKの視力矯正手術は、去年の6月20日以前に受けた人でないと基準を満足しないというのは、ちょっとだまされたような気分になる人も多いのではないでしょうか。日本には近視の人が多いだけに。
前回は体重の条件がなかったのに、今回から加わっているのは、ソユーズ宇宙船の大気圏再突入の際の安全基準ということらしいです。大気圏再突入の際にカプセルが大気から受ける揚力と重力のバランス、他の宇宙飛行士との体重差による重心の移動、あるいは着地寸前に逆噴射するロケットの推力の調整能力との関係などからなのでしょうか。今回選抜される候補者がスペースシャトルではなく、ソユーズで国際宇宙ステーションに送り込まれる可能性が高くて、そのための訓練をロシアで(も)受ける必要があることを強く示唆していますね。ちなみに、今回の合格者がNASAで一緒に訓練を受けることになる宇宙飛行士候補生(ASCAN)のNASA側の応募要項には、体重の項目はありません。NASAは太っ腹なのか??
一方、身長制限が今回「158cm以上190cm以下」と狭くなったのは、そのNASAのASCAN募集の条件62インチ(157.48cm)〜75インチ(190.5cm)をJAXAがそのまま採用したから、のようです。内部の関係者でも混乱しているようで「ソユーズの基準が適用されるから(変更された)」と考えている人もいるようですが、JAXAの宇宙飛行士募集係に電話でたずねたところ、「NASAのASCAN募集の条件が変わったから」との回答でした。ちなみにソユーズの宇宙飛行士に求められる最低身長は係の人によれば150cm。
最近の日本人の体格は戦前と比べるとかなり良くなっているとはいえ、190cmを超える人はあまりいないと思いますが、下限の158cmというのは、日本人女性の平均身長くらいになります。
ということは、この項目ひとつだけで、女性の半分が不適格、ということになってしまうわけで、「国際宇宙ステーションのパートナーである日本固有の状況をNASAに配慮してもらうように働きかけなかったのですか?」と係の人に聞いてみたところ、「宇宙船を日米で共同開発するなどの話でもなければ難しい。次期有人宇宙船はNASAが開発するものですし」との苦しそうな答え。
もともとアメリカ人は体が大きいので、船外活動用の宇宙服もサイズが大きいものしかなくて、水中での無重力訓練でも、山崎宇宙飛行士が宇宙服を着ている姿を見ると、大変そう。水中訓練は無重力の感覚をとてもよく再現できるらしいのだけれど、体が服に比べて小さいと、いったん体が傾くと、服の中の空気が移動して浮力のバランスが崩れて、体が回転を始めるらしい。「船外活動を行うには、約165cm以上」という条件はここからきているらしいのだけれど、一方で、国際宇宙ステーションの任務は船外活動以外にも貢献できる分野があるということと、今回の土井さんのミッションで、デクスターという特殊ロボットアームも配備されたので、これからは国際宇宙ステーションでの船外活動の必要性はだんだん低下してくるものとも考えることができます。
それにしても、若田さん宅でお会いした向井さんは、山崎さんよりも一回り小さかったと記憶しているのですが、今回の基準についてどのようにお考えなのでしょうか?

もちろん、日本が独自の有人宇宙ロケットとか独自の宇宙服を持っていれば、こんな悩みはなくなるわけですが、よくよく考えると、単に宇宙船や宇宙服だけの問題ではないようにも思えてきます。
スペースシャトルの座席のサイズ、シミュレーターの座席のサイズ、ASCANの訓練に用いられるT-38ジェット練習機の座席のサイズ、その他、ありとあらゆるものが、アメリカ人の標準体型(それもどちらかといえば男性の)にあわせて設計されています。
NASAは今回募集する宇宙飛行士を、次世代宇宙船を使って月や火星にも送り込みたいと考えているでしょう。国際宇宙ステーションに搭乗する日本人宇宙飛行士のために、訓練設備のサイズを特別に配慮することは、予算上も厳しくなっていると考えられます。映画「アポロ13」でも有名な宇宙飛行士の訓練用ジェット機T-38も、配備からすでに50年近く経っていて、そろそろ後継機種の選定に入らないといけない時期になっていますが、その後継機種もまた、アメリカ軍パイロットの体格に合わせて設計されている可能性が高いでしょう。
宇宙飛行士の身長というのは、いろいろな要素が複雑に絡み合っていて、単純には論じられない問題ですが、それでもなお、日本は国際宇宙ステーションのパートナーなのです。今回のJAXAの募集が海外パートナーの条件変更のあおりで、日本人にとって極端に敷居が高いものにならないことを切に願います。
[追記]
宇宙服を着たプールでの訓練の内容に詳しい人からこんなご指摘がありました。
水中訓練では、宇宙服の中に空気がたくさんあると、体の姿勢をかえるごとに、浮力のバランスが崩れて体を安定させるのに力を要するのですが、出来るだけ宇宙服の中の空気を減らすように、中につめるパッドがいろいろ種類があり、カスタマイズできます。本番(宇宙)ではそういう問題はないので、訓練時にハンディをおって練習している分、実際に宇宙に行くと小柄の人はより効率よく作業ができる、とNASAの宇宙飛行士が語っていました。
なので、小柄な人もめげずにがんばりましょう!!!
とのことです。
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