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2007.03.31

練習問題

SDM Chronicleさん経由:

Indivisual vs Group in Innovation

そう言う観点から見るとグループのリーダーは単に知識や発想能力が高い人が必ずしも向いているわけではない。スポーツで言えば、有能なプレーヤーが監督として必ずしも成功しないのと同じ事だ。
これもJAXAの宇宙飛行士選抜では定番と言ってもいいくらいの出題問題です。リーダーシップとフォロワーシップ。宇宙飛行士を目指す皆さん、よく練習しておくように(笑

といっても、この例題そのものが出題されるんじゃなくて、個人の考えとグループとしての考えをどうまとめていくか、という、その話し合いから合意に至るプロセスの巧拙が採点されます。

jaxagoods.net

「明日モ生キル為ニ」さん経由:

宇宙食、宇宙グッズ、JAXAグッズ、NASAグッズの宇宙の店

おお! こんな店があったんですね。知りませんでした!!

貿易センタービルというから、旧NASDA本社があった頃からのビジネスなんでしょう。ちょっと得体の知れない雰囲気のwebサイトではあるけれど、めもめも。

「特定商取引法に関する表示」のページのゆるさに脱力〜 あるいみ癒し系?

jaxagoods.netってビミョーなドメイン名ですね。JAXAはどこまでご存知なのだろうか。周辺ビジネスで思い出すのはSpace Center Houseton(注:音が出ます)とかKennedy Space Center Visitor Complexとか..... 日本にもこういうセンスのある周辺ビジネス、根つかないかな...

でも「センスのある」って難しいですね。「The Nature Company」も撤退しちゃったし。あの雰囲気、好きだったんだけどなぁ... そういえば上野駅構内にもなにかそれ系の店があったけど、あの立地でさえ撤退しちゃったし。

そういう意味では「王様のアイデア」って素晴らしいですよね。1965年創業、子供の頃、まだ東京という夢の街に憧れていた時代の象徴的存在だった。今でも営業を続けているというのは、ある意味、奇跡のシーラカンス?

秋葉原のガード下には、SONYの初代ウォークマンや、BCL全盛時代のSONYの短波ラジオを売っている、ちょっとあれげな店があって、昭和の時代にタイムスリップすることができる。攻殻機動隊のタチコマエピソード的というか、なんだか過去の子供時代に閉じこもってしまいたくなる。いかんですね。われながら歳食ったなぁ...

2007.03.23

星出宇宙飛行士、おめでとう!\(^o^)/

MSN毎日インタラクティブ: シャトル:星出さん搭乗へ 実験棟「きぼう」2便目に
Yomiuri ONLINE:シャトル「アトランティス」、星出彰彦さんが搭乗へ
NHKニュース:星出さん シャトル初搭乗へ

なんと、来年2月に打ち上げ予定のアトランティスに星出宇宙飛行士の登場が決まったという。おめでとう!! 土井さんのフライトが決まったし、若田さんの長期滞在が決まったし、三兄妹にチャンスは巡ってこないんじゃないかと心配してました。土井さんのエンデバーが来年にずれ込むとなると、JAXAの担当者さん、大変ですねぇ。過労にならないようにご注意。

きぼうモジュールの打ち上げにあわせて、というフライトで星出クン、というのは、妥当なチョイスのように思える。でも、古川さんも山崎さんも、淡々と次を狙ってほしい...

思えば、初めての選抜受験で、星出クンと同じ医学検査グループで体力測定も一緒にやってから、12年になる。最後の夜、酒を酌み交わしながら、NASDAとISASの統合について激論を交わしたものだっけ。懐かしい。

しかし彼にとっては、若田さんのときの選抜が最初の応募になるから、そこから数えたらかれこれ16年!! よくがんばったねぇ...

2月かぁ... フロリダ行きたいなぁ...

2007.03.22

YouTubeえらい

つぶやきおじさんのRSS未読も大量に溜まっていたのを本日やっと読了。

その中で、この記事からリンクされているYouTubeのパネル討論会が極めて印象に残った。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

とはいえ、後半部分はパネリストの集中力が切れたのか、論点が発散して収拾がつかなくなっているけれど、ふつうではなかなかお目にかかれない、裏の世界の話が満載。

道警と北海道新聞の泥仕合の行方も気になるけれど、それよりもっと気になるのは、道警が失敗したというおとり捜査で流れた130kgの覚醒剤の背後に見え隠れする国際犯罪網の影。

とまれ、YouTubeがこのような映像の媒体になっている限りは、ある種の安全弁として機能するので、心強い。

2007.03.21

トラックバックを許可制に

最近、海外からのトラックバックスパムがこのブログにも頻繁にやってくるようになったので、トラックバックの表示を許可制としました。読者の方にはご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどお願いします。

ソースのトラフィック解析すれば、サーバー側で簡単に弾けそうな気がするんだけど、IPも次々と変えてくるし、ボットネットが使われているんでしょうかね... やれやれです。

失敗知識データベース

ふと気がつくと、JSTのSciencePortalがポータルらしく、なかなか面白いことになっている。よい人材をwebmasterに引っ張ってきたようだ。

その右下隅に「今日の失敗知識」というコーナーがあるのだけど、この記事をみて、愕然とした。こんな事故があったんですね。ご冥福をお祈りします。

JSTの失敗知識データベースもそれなりに中身が充実してきているようだけど、検索が難しい。というか、GoogleやWikipediaの検索とうまく連携できるようにならないかな。というか、Wikipediaみたく、誰でもオープンに失敗例をSNS的に共有しあえるような「2.0的世界」を構築する夢って、桃源郷? トップダウンな1.0的データベースでは指数関数的雪崩現象は起きないですよ。検索エンジンの技術を持っている会社にとっての大金脈が眠っていると見た。

2007.03.19

ムライ式

なにげにぱらぱらと日経サイエンスを見ていたら、こんな記事が目にとまった。

日経サイエンス2007年4月号p.126
個性派ミュージアム巡礼「中谷宇吉郎 雪の科学館」

人工雪の結晶
村井昭夫氏が開発した装置(ムライ式)は常温の部屋でも人工雪ができ、館内では日々新しい結晶の観察を楽しめる。

「へぇ?!」と思って「村井昭夫 ムライ式」でぐぐってみたら、さらにこんなPDFファイルが見つかった。

中谷宇吉郎 雪の科学館 通信 第13号(2006.3.31)p.2

Murai式人工雪生成装置
人工雪誕生70周年の日に公開

2006年3月12日は、中谷博士の研究室で初めて人工雪作りに成功した日から70年の記念すべき日でした。この日、雪の科学館では新型の人工雪装置を公開し、以後毎日、入館者に成長しつつある人工雪を見てもらえるようになりました。

石川県教育センターの村井昭夫氏が考案したこの装置は、中谷博士と同じ対流型という方式を採用し、「ペルチェ素子」を使って冷やすことにより、低温室がなくても常温の部屋で人工雪を作ることができます。中谷博士の装置と同様、気温と水蒸気量をコントロールすることで、ほぼ希望の形の結晶を作ることができるのです。
へぇ、ペルチェ素子かぁ。目から鱗だなぁ。たしかに現代日本のテクノロジーをもってすれば、微妙な温度調節とか湿度調節はお手のもの、という気がする。それなりの技術力のある会社が量産化すれば、中谷宇吉郎先生が詳細に記録した雪の結晶が作られる気象条件なんて、実験室の机の上で簡単に再現できるのだろう。

そこで、そこでやっぱりこの記事なわけですよ。この装置を組み立てキットにして、全国の小学生に組み立てさせて、水に「ありがとう」とか「ばかやろう」とか声をかけさせながら、雪の結晶ができる様子を観察させる訳ですよ。水道水とか田んぼの水とか工場の排水とか、いろんなもので比較させてみるのも面白いかも。ていうか、小学生よりも先に学校の先生に実験して納得してもらうのが先決かつ急務か。

学研さん、おひとついかがですか?

2007.03.11

世情

忙しくてkazuさんのRSSフィードの未読が山のように溜まっていたのを、この週末かけてやっと読了(謎。

その中で紹介されていたYouTubeのリンクを見ていて、ちょっと鳥肌が立ったのが、これこれ

いったいどんな人が映像編集しているのだろう。「Web 2.0 ...」のほうは細かいところまで技術的な配慮が効いていて、すばらしい。

「Did you know?」のほうは、それぞれの統計の原典にあたってみないとちょっと「?」というところもあるけれど、「We are living in exponential times.」というのは完全に同意。背景にアルゴンヌの人たちの世界観を感じるのだけれど、気のせいだろうか? 映画「ターミネーター」の世界観にもつながる。日本国内にいたのでは、この感覚はなかなか味わえないなぁ...

*****

最近、iTunes Music Storeのギフトコードが贈られてきたので、中島みゆきの「世情」を購入してみた。

♪世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが 哀しい想いをする
変わらないものを なにかに例えて
そのたび崩れちゃ そいつのせいにする
(中島みゆき 「世情」JASRACコード 04428021; ISWC T-101.324.145-5)
これは1978年のアルバム「愛していると云ってくれ」に収められている一曲。その10年ほど前の学生運動に参加していた世代へのレクイエムとなっている。

じっくり聴き直すのは何十年ぶりになるだろう。セピア色に変色したくても変色することが出来ないデジタル技術に閉じ込められた中島みゆきの歌声に思わず鳥肌が立つ。検索一発で30年前の記憶が突然目の前に提示されるという悲哀。

1969年1月18日、全共闘がバリケード封鎖していた東大構内に機動隊が突入し、翌19日、学生の最後の砦となっていた安田講堂が陥落した。翌20日、東大は1969年度の入学試験の中止を発表。

その4週間ほど前のクリスマスイブには、アポロ8号が人類史上初めて地球以外の天体の周回軌道に到達し、ウィリアム・アンダース宇宙飛行士が、月の地平から登ってくる地球の姿を写真に収めた。

庄司薫がこの時代のノンポリ受験生の感性を鋭く描いた「薫くん現象」が一世を風靡し、『赤頭巾ちゃん気をつけて』が芥川賞を受賞する。

4部作の最後となる『ぼくの大好きな青髭』が出版されたのも、奇しくも「世情」と同じ1978年。この9年間の日本人、特に若い世代の世界観の激動ぶりは敗戦時のそれとも匹敵する、と、思える。中国の若者が天安門事件のことを知らないのも、日本のこの時代を振り返ればどこか納得できるものがある。

*****

昨日は東京大空襲から62年だった。

ちょっと調べてみると、戦争を経験した日本人にとって忘れることのできない名前となった長距離爆撃機ボーイング「B29」、が、初めて日本を爆撃したのは1944年6月16日。八幡製鉄所の夜間爆撃を目指して米第20爆撃兵団第58爆撃航空団のB29の62機が中国の成都から北九州上空に侵攻している。

東京上空にB29が初めて飛来したのは11月24日。当時の日本軍機はエンジン性能が低く、高度1万メートル以上では満足な迎撃を行うことができなかったが、B29の側も、日本上空の強いジェットストリームに流され、軍事目標であった中島・武蔵製作所への爆弾のほとんどを外している。

それから2ヶ月後の1945年1月20日、サイパン・テニアン両島のB29爆撃機部隊の司令官であったハンセル准将が更迭され、ドイツ本土への戦略爆撃で功績をあげていたカーチス・E・ルメイ少将が着任する。ハンセル准将が軍事目標に対する高高度からの精密爆撃にこだわり、ワシントンの意向であった焼夷弾を用いた民間人への大量無差別爆撃に対して消極的であったことが更迭の理由と言われる。

3月10日、ルメイ少将の命を受け、サイパン・テニアン両島から発進した325機のB29が、2000メートルほどの低空から東京に1665トンの焼夷弾を投下。犠牲者の数は8万人とも10万人とも言われる。空襲は2時間半に及び、東京下町の木造家屋が折からの強い風にあおられて大火災となった。犠牲の多くは、発生した火災旋風による焼死や、熱を逃れて川に飛び込んだことによる溺死や圧死、など。ルメイ少将はのちに「もしアメリカが負けていたら、自分は戦争犯罪人として裁かれていた」と述べたと言われる。

*****

機銃掃射にやってくる艦載戦闘機コルセアのパイロットの顔をはっきりと見たという父は、昨年、鬼籍に入った。学生運動の記憶を持つ団塊の世代の大量退職が今月末から始まる。4月には平成生まれの大学1年生が入学してくる。

世の中は指数関数的に進歩し、ネット上を流れる情報の質と量もとどまることを知らず増え続けているけれど、人間の寿命と世代交替の時間は変わらないまま。

今回、Wikipediaをあちこち見ていて、大学紛争や戦争当時の記述が驚くべき勢いで増え続けていることに感銘を受けた。でも、ギルダーの法則に支えられた情報通信量の指数関数的増加は、人々の記憶と寿命との戦いに果たして打ち克つことが出来るのだろうか。

♪世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが 哀しい想いをする

リターン・レッグ

Spacefighter Now経由:

CNN.co.jp : 女性初の宇宙飛行士、夢は「片道切符でも火星へ」 �

世界初の女性宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワさんが70歳の誕生日にあたってプーチン大統領宅に招待され、「もしもお金があるなら、火星に行ってみたい。最初の宇宙飛行士の夢ですね。実現できるのなら、戻ってこなくてもいいくらい」と語ったという。

確かに。宇宙飛行士を目指す人間であればその気持ちはよくわかる。ロケット技術屋さん、片道分の補給だけでいいから、火星行きの切符を半額にしてくださいな。(笑

これ、管理人個人だけじゃなくて、受験仲間の中にも同じような意見があります。

2007.03.08

毛利さんの面接

昨年10月、日本科学未来館の副館長に就任した中島義和氏の「受験体験記」が日経ビジネスOnlineのTech Focusに載っている。

Tech Focus: 新米副館長、ミュージアム経営奮闘記(1)〜自動車マンから科学館へ

毛利さんの面接で勝ち残りたいと思っている人がいるなら、このコラムは必見だ。

まず館長の毛利さんから、今まで未来館に何回くらい来たか、どの展示物が一番印象に残っているか、良くないと思うものはどれかと、英語で質問の口火が切られた。まず英語力を試されているのだと判断し、私も英語で、.....と答えると、なぜそれぞれに感心したのかと理由を次々と問われた。ここは語学テストと割り切り、内容はともかくスピード勝負と間髪を入れずに思いつくまま即答した。

毛利さん、相変わらずだなぁ... (~~;)

中島氏の受験に至る心境の変化、受験を決定してからの「未来館の活動に何を期待し、どう運営していくかをテーマとした小論文(1200字以内)」のテーマ選択と執筆、面接までに臨む態度、というのは、旧NASDAの宇宙飛行士選抜プロセスそのものです。宇宙飛行士になりたい予備軍の人、じっくり読んで勉強しておきましょう。

それにしてもトヨタの渉外・海外広報業務、BMWマーケティング本部長、日本フォード専務取締役営業企画本部長、ビーエムダブリュー代表取締役社長、日本GM代表取締役を歴任ですか。すごい経歴の持ち主ですね。毛利さんとも同年代、というところがポイント高かったのかな。

残念ながら、もしJAXAが次に宇宙飛行士選抜を行うとしても、毛利さんはおそらく面接官にはならないでしょう。というか、JAXAが宇宙飛行士選抜を行う可能性自身が今後10年はほぼゼロであろうことが哀しいですが...

中島氏の

若い時、人生3分割論を知って共鳴した。いわく、人生75年と仮定して最初の25年は親、学校、勤務先、社会など周りにお世話になり、育てられ、成長する時期。次の30年は独り立ちし家族を養い、自らの目標の実現に向かって努力する時期。最後の20年は個人の欲望から解脱し、安寧なる心持ちでお世話になった社会に恩返しをする時期である、と。
というお言葉、含蓄があります。爪のあか煎じて飲みたい。

しかしゼロシーリングの未来館を発展させるのは、一筋縄ではいかないでしょうね。とはいえ、毛利さん、よくやった。博物館ではないという宿命を背負った未来館ならではの人選。今後に注目です。

[追記] 昨日、某所でとある人事構想の話を聞いて驚いた。未来館上層部、どうやって改革しようか本気で模索を始めましたね。でも内容から判断する限り、現場と上層部の中間に挟まれた人間にはまだ改革の必要性の意識が薄いと感じました。さて、ほんとに今後が注目です。

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