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2006.07.02

サイバーナイフ

昨年10月、職場に一本の電話がかかってきた。父親の実家近くのとある病院の医師だという。電話を受けると、父親が喉の痛みを訴えて診察を受けた経緯を伝えた後、「お父さんは癌です」と一言。受話器を耳に当てながら、目の前の風景がなにか遠い別の宇宙の出来事のように感じられた。

電話の2週間前に来院、1週間前に組織検査の結果、癌であることが判明。

「ステージIVb、末期の下部咽頭癌です。骨膜への浸潤とリンパ節への転移が認められます。」

腎臓機能が低下しているので、抗癌剤は使えないとのこと。となると、外科手術か放射線治療しかないが、外科手術の場合、咽頭を切除するので、形成のために大腸を移植する必要があり、予後の保証がないことと、声帯を切除する必要があるので、しゃべれなくなること、また、食事は喉を切開して栄養剤を注入するしか無い、と、告げられた。

青天の霹靂である。

その半年ほど前から「のどが痛い」とか、「自分は癌にかかっている」と父親が折にふれて訴えていたのに、なにも相談に乗らなかったことが悔やまれた。

とるものもとりあえず病院に駆けつけて、レントゲン写真を見ながら医師の説明を聞いた。

父親の意向では実家を離れたくないという。外科手術を受けたあとの看護のことを考えると、咽頭切開と声帯切除はあまりにも堪え難い。なにより人間が人間として生をまっとうするためのQOL(Quality of Life:生活の質)があまりにも悪い。父親が健康である場合の平均余命と比べて考えたら、今、この時点で、彼が声を失い、食べるという行為を奪われるべき必然性はあるのか?

家族で相談した結果、放射線治療を選択することに決めた。患部を集中的に照射できる重粒子線治療などについても首都圏のいくつかの病院に問い合わせてみたが、保険適用の問題などいくつかの障害があり、その病院の医師に継続して通常の放射線治療をお願いすることに決めた。一つには、管理人が職場に戻っても診察費も取らずに電子メールで連絡を取り続け、現状について詳しく説明してくれる、若くて優秀で親切な医師であったことも大きい。医は仁術である。

11月から12月にかけてX線による通常の放射線治療を70グレイ程度行った。原発部位はかなり縮小したが、根絶には至らず、今年3月になって、その医師から「原発部位が膨張している。腫瘍の再発と認められる。緩和ケアとホスピスを考慮することを勧める」旨の連絡をいただいた。いよいよ覚悟を決めないといけないのか。

その頃、報道でフォトフリンを用いたレーザー治療、光線力学療法が治療成績をあげている、と知ったので、webで検索して、治療を行ってくれそうな首都圏の病院をいくつかあたってみた。国立がんセンターは電話による相談をうけおってくれず、セカンドオピニオンに関するコンサルティングを聞きにいくだけでも数週間の予約待ちの状況という。

絶望的な気持ちで次に電話をかけた病院で状況を説明して「だめもとなのは承知しているが、時間を稼ぐために光線力学療法を受けたい」と訴えた。たまたま、耳鼻咽喉科の先生に電話を取り次いでくれ、再度状況を説明すると、「セカンドオピニオンとして話を聞きます。来週の水曜日にこられますか?」 なんと、現在の担当医のこともよく知っているという。医者の世界は狭い。

東京の病院で見ず知らずの人間からの電話に対して医師が直接対応してくれることの奇跡!

すぐに父親に連絡し、現在の医師に紹介状と診断写真などの資料を準備してもらった上で東京に呼び寄せ、その病院の医師から話を聞いた。事前に担当医の所見を聞いていた通り、父親の癌は粘膜下進行例なので、レーザー治療の適用の範囲外だという。転移の可能性についても指摘されたが「転移は覚悟していますが、原発部位を外科手術以外の方法で叩いて、可能な限り時間稼ぎをしたいんです」と訴えた。すると。

「サイバーナイフというものをご存知ですか。」

という。話を聞くと、照射するのは従来通りのX線だが、照射器をロボットアームで制御して、ピンポイントでいろいろな角度から照射するので、患部以外の健康な組織への被曝を抑えながら、効果的に患部への照射が可能になるという。一も二も無い。「治療を受けます。紹介状を書いてください。」と、その場でお願いをした。

家に帰って早速Google検索してみた。

http://www.sky.sannet.ne.jp/ybaba/

サイバーナイフは工業用ロボットを使用して定位的放射線治療を行う装置です。現在は頭頚部の腫瘍や脳動静脈奇形の治療に対して健康保険が適応となります。諸外国では体幹部の定位放射線治療にサイバーナイフが使用されていますが、本邦ではいまだ認可されていません。

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/saisin/20050606ik13.htm
http://wakaba.or.jp/cyberknife/about/index.html

咽頭癌では幸い、保険が適用されるようだ。1992年にスタンフォード大学の脳神経外科ジョン・アドラー医師がシリコンバレーでAccuray社という会社を起業し、始めたものだという。1994年にFDAの認可を取り、治療開始。認可まで2年しかかかっていない!

日本では1997年から治療が始まり、脳腫瘍や耳鼻咽喉科・口腔外科領域の腫瘍の治療も可能になっているが、体幹部の治療は認められていない。

サイバーナイフの照射データを入力するために患部の詳細な3次元データが必要となるが、腎臓機能が弱っている父親に造影剤を使用してPET・CTを適用するかどうか、担当医との間でしばらくやりとりがあった後、5月中旬に3日間、60グレイほどの照射を行った。

治療の現場を見ると、頭が動かないようにマスクでしっかり固定し、SF映画に出てくるようなロボットアームに支えられた照射器の下で30分ほどただじっとしているだけだ。治療の瞬間は何も感じない。

Cyberknife

ただし、生きている組織を放射線によっていわば「焼き殺す」わけなので、副作用は出る。まず臭い。唾液が出なくなり、喉が渇く。全身がだるくなる。

体幹部の照射が日本で認められない理由も現場を見て理解した。人間は呼吸をするので、体幹部の臓器は呼吸に従って場所が変わる。患部の場所が呼吸によって変わるのをリアルタイムでミリ単位で正確に追跡する技術が無ければサイバーナイフの適用は不可能だ。

しかし逆にいえば、その技術さえ開発されれば、日本人の癌からの生還率は劇的に上昇するはずだ。サイバーナイフの体幹部への適用の技術開発をさぼっているのは日本の医学会の怠慢と外科医が職を失うことへの危惧ではないのか。

父親の術後の経過は正直言って、あまりよくない。なれない都会での生活のストレスからか、胃潰瘍を併発して大量に下血し、一時は生命が危ぶまれた。かろうじて地元の病院に入院することができ、輸血と投薬で小康状態を取り戻している。原発部位である喉の痛みはだいぶよくなり、飲み込む場所を選べばものも食べられる。先日、魚の刺身を旨そうに食べた。

状態がよくないとはいえ、ものが食べられ、普通に会話ができることの幸せ! この先、父親にどれだけの時間が残されているのかはわからないけれど、電子メールや電話での家族からの問い合わせに気軽に応じ、嫌な顔を見せずにセカンドオピニオンに対応して最新の医療技術を適用してくれた医師達の連係プレーに心から感謝したい。

日本人の3人に1人が癌で命を落とす時代だ。癌の予防、診断、治療、緩和の技術開発と保険適用に対する日本の医学会と厚生省の真の改革を望む。

[8/14追記] 一時はどうなることかと思ったけれど、胃潰瘍もすっかりよくなって、杖をつけば散歩に出られるようになるまで回復し、緊急入院から2ヶ月ほどで退院することができた。のどはすっかりよくなって、食欲も旺盛。あの輸血がなければ確実に命を落としていただろう。病院の先生に感謝。拾った命。人生をせいいっぱい楽しんでほしいと願う。

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Comments

仕事で築地の「国立がんセンター」と関わったことがあり、私の中では、あそこは一番行きたくない病院です。(入院している患者の殆どが末期がんなので、知らない人でも、見ると心が痛む)

しかし、そんな順番待ちしていたとは・・・本当に改革が必要ですね。

5thstar_管理人さんの力になりたくても、私の力ではどうにもできないのが悔しいです。

SHUNさんコメントありがとうございます。父親は胃潰瘍からは少しずつ回復して、ちょっと元気になりました。

今回の件でいろいろな病院を転々としてみて、人生を終える際の選択肢についていろいろと考えるところがありました。治療の技術と治療にあたる人の文化、人情、風土は必ずしも一致しないこと、ターミナルケアに関する医者の考え方の違いが一人一人かなり異なること、などです。

医者と患者や患者の家族との関係も「相性」なんですね...

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