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2006.02.22

緊急脱出装置

松浦さんが内之浦から「カブのように、セブンのように」という記事をエントリされている。

雑誌「サイエンスウェブ」3月号に、日本独自の有人宇宙構想についての記事が掲載されたとのことで、開発凍結になった無人ミニシャトル「HOPE」とほぼ同型の5人乗りミニシャトルに関する構想らしい。

この構想に対する松浦さんの感想にはおおむね同意だけど、細かいつっこみを一つ。

 対して、ソ連/ロシアの「ソユーズ」宇宙船は、打ち上げのどの時間帯でも緊急脱出手段が存在する。緊急脱出用ロケットモーターが、人が乗るカプセル部分のみをロケットから分離できるのだ。射点上でロケットが火災を起こして、カプセルが緊急分離し、宇宙飛行士が生還できたこともあっった。
 有人宇宙輸送システムとしては、打ち上げのどの段階でトラブルが起きても「とりあえず死なない。ケガは負っても生還できる」というシステムは必須だろう。
アメリカの場合、マーキュリー計画とアポロ計画には緊急脱出用ロケットがあって、ジェミニとスペースシャトルにはない。この点でマーキュリーとアポロは人命を尊重しているように思っていたけれど、じつはそれほどでもないらしい。

今月はじめ、ディスカバリーチャンネルが「アポロ11号月面着陸の秘話」という番組を放映した。人類初の月着陸となったアポロ11号の打ち上げ直前、じつは液体水素を補給するバルブから燃料漏れを起こしていて、技術者が悪戦苦闘していた、とか、月着陸船パイロットのオルドリンとかフライトディレクターのジーンクランツのインタビューがあったり、当時の模様をリアルタイムに見ていた世代にしてみると垂涎もののウラ話集。宇宙飛行士選抜を体験した身として当時を振り返りながら見てみると、いろいろとじっくり考えさせられる場面があった。クルーは燃料漏れの問題を知らされなかったらしい。へぇ。

その中にこんな話がある。宇宙飛行士たちは何が起きても緊急脱出システムが作動するので安全だと考えていた。オルドリン自身が「生還の可能性は99%と考えていた」と番組のインタビューで答えている。ところがミッションの1年前、1968年7月に作成されNASAの少数の幹部のみが閲覧した極秘文書 NASA-CR-95441 "BREAKUP PROBLEMS"では「脱出は不可能」と記されているとのこと。画面にチラッと映った文書からは

... Saturn V engine shutdown sequence during any high-G
...ch vehicle breakup (and probably explosion)
...al compression loads which tend to offset the
という文字列が読み取れる。アポロ11号のシニアサイエンティストDavid Baker博士は番組のインタビューに対して以下のように答えている。
訓練期間にクルーが教わった脱出方法はすべて虚偽だったのです。打ち上げ後2分半以内に事故が起こった場合、脱出は不可能でした。飛行を中止するシステムが危険を感知して脱出カプセルが発射されるまで2秒かかります。第1段階でエンジンの1機が故障した場合、0.5秒で宇宙船は爆発します。つまりクルーが脱出する時間はなく、一瞬にして炎に包まれるのです。
なんとも映画「カプリコン1」を地でいくような恐るべき極秘情報が公開されたものだ。

では、アポロ計画の緊急脱出装置は無用の長物だったのか? 管理人は個人的にはそうは思わない。たしかに宇宙船が一瞬の間に炎に包まれるのは事実かもしれない。しかしアポロ司令船の底部には、帰還時の大気圏再突入に備えて耐熱パネルが装備されている。爆発の際の巨大なGに耐えることができて、宇宙船をパラシュートが安全に作動する高度まで運んでくれる緊急脱出用ロケットが作動すれば、生還の確率はかなり高くなる。

チャレンジャー号の事故の際、外部燃料タンクの爆発で機体はこなごなになったが、コックピットは比較的原型をとどめたまま、約2分後に海面に激突した。宇宙飛行士の何人かは爆発の衝撃のあともしばらくは意識があったと見られている。

コロンビア号の空中分解の際も宇宙飛行士たちは自分たちがどのような状況に置かれているか、分解の瞬間からしばらくの間、意識があったと考えることができる。宇宙飛行士はチャレンジャー号の事故の教訓から、コックピットからパラシュートを使っての緊急脱出の訓練も受けてはいるが、コックピットがもし急速に回転していたりすると、Gを受けるので脱出行動は困難だったかもしれない。しかし地上に降り注いだ破片の損傷状況から考えれば、コロンビア号の教訓であの状況から生還するための手段を講じることは不可能ではないと思える。

宇宙飛行士とはどのような状況に置かれても最後の瞬間まで生還の努力を怠らない人種だ。逆にいえば、生還の努力ができない人間には宇宙を目指してほしくない。少なくとも現時点では。有人宇宙飛行は、飛行機の歴史にたとえればまだ1920年代から1930年代のように思える。サンテグジュペリの「夜間飛行」の時代。

緊急脱出用ロケットだけが生還の手段ではない、と、管理人は考える。チャレンジャーとコロンビアの事故から技術者はいろいろなことを学んでほしい。技術者と宇宙飛行士の間に信頼関係があれば、システムはよりシンプルで堅牢性の高い設計ができる。既成概念にとらわれることなく、机の上に縛り付けられることなく。命を賭けた人間との対話をしてほしい。

F1レーサーの事故からの生還率は劇的に改善している。

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