秋山豊寛氏は世界で初めて宇宙を旅したジャーナリストだ
松浦晋也氏が自身のココログで「日本初の宇宙飛行士は秋山豊寛氏である」という記事を書いている。
TBS系の「ニュースバード」をながら視聴していてびっくりした。「日本人初の宇宙飛行士は1992年9月12日にスペースシャトル『エンデバー』に搭乗した毛利衛飛行士」と放送していたのである。
日本人初の宇宙飛行士を送り出したのはTBSじゃないか。それがなぜこんな間違いをするのだろうか
NASDAで5番目の宇宙飛行士、野口聡一氏の受験仲間として「5thstar」を名乗る我々としては看過できない記事だ。^^;
管理人自身の心証としては、秋山豊寛氏は日本人として初めて高度100kmを超えたので、NASAの定義に従って間違いなく日本人初の宇宙飛行士だ。Who's Whoにもそのように書いた。ただ、秋山さん自身の役割は、宇宙を旅した世界で初めてのジャーナリスト、と呼ぶほうがより適切だろう。昨年の世界宇宙飛行士会議でも、秋山氏本人がそのようなニュアンスのことを言っている。
一方、管理人から見た毛利衛氏は、「日本初の宇宙飛行士選抜に選ばれたうちの一人で、日本初の職業宇宙飛行士」という肩書きがふさわしい、と、思う。
5thstarのメンバーでもある長沼毅氏は、その著書「生命の星・エウロパ」の中でこのように書いている。
日本初の宇宙飛行士は毛利さんではなく、ジャーナリスト(現在は農業)の秋山豊寛さんだという意見もある。秋山さんは一九九〇年一二月二日に旧ソ連のソユーズで地球周回軌道に乗った。宇宙に行った世界初のジャーナリスト(宇宙特派員)らしく、第一声は「これ本番ですか?」だった。たしかに、秋山さんは初めて宇宙に行った日本人だが、宇宙飛行士の訓練を受けたのは一九八九年一〇月からであり、宇宙飛行士の資格認定は早くとも一九九〇年に入ってからだろう。話がちっくとくどいぜよ長沼センセ、ってのはさておき、5thstarのメンバーが自分たち自身を5thstarと呼ぶのは、やはり「職業宇宙飛行士になりそこなった」という誇りのかけら?なんだろう、と、思う...
一方、毛利さんは、最初のフライトこそ一九九二年九月だが(「チャレンジャー号」の事故がなければもっと早く飛べていた)、NASAのペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者)に宇宙飛行士として選定されたのは一九八五年八月である。このとき、向井千秋さんと土井隆雄さんも同時に選定されている。
したがって、最初に宇宙に行った日本人は秋山さんだが、日本初の宇宙飛行士は毛利さん・向井さん・土井さんだということになる。このなかで毛利さんが最初に宇宙に行ったので、“毛利さんが日本初の宇宙飛行士”と特別に扱われている。
「宇宙の日」がなぜ毛利氏の初飛行の9月12日に設定されたか、というのは、たしかに面白い問題だ。ジャーナリストを名乗るのであれば、この謎をもう少し深く掘り下げてみてほしいな。誰がどこでどうしてこうなったのか。
松浦氏はTBSのふがいなさに憤慨してるようだけど、私は当時のTBSのもう少し別のふがいなさ、に憤慨している。秋山さんが初めて宇宙からあの有名な「これ本番ですか?」の第一声を発した後、TBSの地上のスタジオは大混乱だった。
当時、ソユーズやミールからソ連の通信衛星を経て、西側の通信衛星を経由して、日本のスタジオまで秋山さんの肉声が届くまで、通信衛星のリレーは2段か3段ほど間に挟まっていた。この結果、秋山さんがなにかをしゃべって、スタジオがそれに答えてまたなにかをしゃべる、という場面で、電波の速度が有限であることからくる、1秒近いタイムラグが生じていた。(インターネットの世界でいうところのRound Trip Time、ですね)
当時、スタジオに詰めかけて、秋山さんと会話をしようとしたゲストたちは、このタイムラグのことを理解していなかった。
これがプロの特派員であれば、現場からの中継でこのタイムラグを織り込んで「はい」などのあいづちを相手よりも少し早めにしゃべり、相手からの質問をじっくり反芻するかのように待ち受けて、テレビに放映される会話を「正常な」状態に保とうとする。
悪いことに、秋山さんも、日本人として初めての宇宙からの放映で、この事態にうまく合わせる事ができなかった。
結果、スタジオとソユーズとで、あるいはスタジオとミールとで、「もしもし」「秋山さん」「はいはい」「あの...聞こえてますか」という意味のない会話がお互いにかぶりあって、貴重な中継時間を延々と浪費していく、という、目も当てられないような事態になった。
タイムラグの発生は単純な物理法則のせいなのに、中継のプロである放送局で、誰もこのような事態を回避するシミュレーションができなかったのは、なぜだろうか。
秋山さんのことを語るとき、忘れたくないのが、秋山さんのバックアップ宇宙飛行士として、秋山さんとまったく同じ訓練を受け、打ち上げのときにも地上で待機し、結局、宇宙飛行のチャンスがめぐってこなかった、菊地涼子さんの存在だ。彼女を抜きにしては秋山さんの飛行はありえなかった。
秋山さんを日本初と呼ぼうが、毛利さんを日本初と呼ぼうが、管理人はどちらでもいい。あの時代、あの興奮を、あの夢の中を駆け抜けた男たち、女たちの物語を、次の世代へ語り継いでいく語り部でありたい。そんなふうに思う。
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» 秋山さんも宇宙へ行った 〜事実は生き続ける〜 [はたやんの独り言]
ディスカバリーに登場している、野口聡一さんが話題になっている。
野口さんや若田さんなど、20年ほど前、日本人が宇宙飛行士の候補者に名乗りを上げた頃にはなかった名前が目立つようになってきた。野球の大リーグのように、日本人にとって宇宙は近い存在になりつつある。
もちろん、まだまだ「夏の行楽」感覚で宇宙に飛び出すことが出来る時代ではないが、人間が地球の大気圏外で仕事をすることに、物珍しさは無くなりつつある。
日本人が宇... [Read More]
「そっちから見ると」いろいろ苦々しい秋山さんだろうけど、自社の歴史の中でさえ抹殺されてるのは、ちょっと哀れだと思う....
Posted by: i | 2004.09.28 10:50 PM
iさん、コメントどうもです。
そうなんですよ。松浦さんはこの問題を無理矢理、「官vs民」という構図に持ち込みたいご様子ですが、今回の件について本当に問題なのは、自社の歴史について新入社員研修をちゃんとしなかったTBSの側、ですね。
自社の歴史を抹殺したいのは実はTBSの側なんではないか、とさえ勘ぐってしまう...
ところで、管理人はべつに秋山さんのことを「苦々しい」なんて思ってませんよ。むしろせっかく宇宙に行ったのに、と、同情してしまう。
去年10月の世界宇宙飛行士会議で秋山さんご自身が「つらい運命を背負った」としゃべるのを、はっきりと聞きました。そこまで自分一人ですべてを背負い込まなくても、と、私なんかは思うんですが...
Posted by: 5thstar管理人 | 2004.09.28 11:24 PM
「官民」と「にがにが」は色眼鏡でしたか...たしかに...私は当時大変許せませんでしたが、それはアニメ等で過度の憧れを抱いていたのが大きかったと思います
そんな自分の影をを無意識のうちに他人の文脈に映して、自分の影を非難してたとは...失礼しました(w
Posted by: i | 2004.09.30 01:56 AM
秋山さんとコンタクトを取れる方法はありますか?
私は、宇宙について秋山さんと、お話がしたい
ものですから。
よろしくお願いします。本心からです。
Posted by: えすみ | 2004.10.13 09:31 PM
えすみさんこんにちは。
私は残念ながら秋山さんとの面識はありません。この記事で秋山さんのことを書いているのは、昨年の世界宇宙飛行士会議に私が一般客として参加し、舞台で彼がトークしているのを聞いたのが、唯一の接点です。私自身は宇宙開発とはなんのゆかりもない人間です。
というわけで、ご期待に添えられず申し訳ありません。
Posted by: 5thstar管理人 | 2004.10.13 11:50 PM
世界宇宙飛行士会議の公式サイトの日本人宇宙飛行士の一覧の中に、秋山さんは日本人初の宇宙飛行士と紹介され、JAXAのホームページでも
秋山は、日本人で初めての宇宙飛行士となりました。これは、日本人の民間人として初めての宇宙飛行という意味もあります。また、ジャーナリストとして世界で初めての宇宙飛行を経験し、自ら宇宙ステーション(ミール)の内部を直接取材することができました。
と書いてるんだから、秋山さんが日本人で初めての宇宙飛行士でいいんじゃないですか?
それに、秋山さんは私費で物見遊山で宇宙に行ったわけでなく仕事として行ったわけだから
職業宇宙飛行士だと思いますよ。
Posted by: くみ | 2008.06.09 05:00 PM
>ただ、秋山さん自身の役割は、宇宙を旅した世界で初めてのジャーナリスト、と呼ぶほうがより適切だろう。昨年の世界宇宙飛行士会議でも、秋山氏本人がそのようなニュアンスのことを言っている。
その世界宇宙飛行士会議のプロフィールに実行委員会委員長であった毛利さんを差し置いて、はっきり日本人初の宇宙飛行士と書いてあるわけですから。毛利さんも承知されてのことだと思います。
役割としては確かに「ジャーナリスト」ですが、秋山さんは「宇宙飛行士」ということにも誇りとこだわりを持っておられます。
「元宇宙飛行士なんていう人がいるけど、医師免許と同じで宇宙飛行士の資格に有効期限はない。自分は今でも宇宙飛行士です。」と講演活動でははっきり「宇宙飛行士」の肩書きを使われています。
(元宇宙飛行士にあらずの発言はかなり印象的だったのでよく覚えています。)
毛利さんは「日本初の宇宙飛行士選抜に選ばれたうちの一人で、日本人初の専業宇宙飛行士」ということでいいのではないでしょうか。
プロとアマの違いは対価を受け取るか否か。
秋山さんもTBSから給料もらって宇宙へ出張へ行ったわけですからね。
出張手当てと危険手当ぐらいもらわれたのでは(笑)
厳しい事をいうと毛利さんは初飛行時はPS資格。NASAだとAstronaut扱いじゃないというのも
あります。
Posted by: くみ | 2008.06.09 05:27 PM
くみさんこんにちは。コメントありがとうございます。
「5thstar」などという挑発的な(?)名前のサイトの管理人をしていながらこんなことをいうのもなんですが、私も秋山さんが「日本初の宇宙飛行士」であることに異存はありません。
プロなのかアマなのか、官なのか民なのか、というのも私にとっては興味のないことです。国の期待を背負ってにせよ、会社の期待をしょってにせよ、秋山さんも毛利さんもご自分の命をかけて厳しい訓練に耐え、ミッションをこなしたという点では同じです。夢を貫いた姿はいずれもかっこいいと思う。
ただ、個人的には「日本初」よりも「世界初」の称号の方がちょっとかっこいいと思ってます。当時は軍人や科学者や一部の有力者に限られていた宇宙へのチケットを、ジャーナリストとして手に入れた秋山さんの功績はすばらしいと思いますね。
Posted by: 5thstar管理人 | 2008.06.10 01:01 AM